昔書いていた詩(36) 「別離」 「河口(1)」 「河口(2)」

別離

 
 孫に拒絶されて 立ち眩む
 老婆の 脳裏に
 洪水となって 過去の
 楽しい日々が カラー写真の
 ネガ画像となって 映るとき
 道路の中央で かって若い肢体を
 倒立させていた老婆は 今、大地に横たわる
 
 大地を打って 号泣する
 孫よ 穏やかな 死に顔が
 別れの発端に 過ぎないのだと語る
 老婆は私の 母だが 私に子はいない
 すべては 白昼夢なのだ
 
 
    河口(1)
 
 河口に吹く風よ 君の運んだ 
 雨の滴の終着駅が 此処だと
 防波堤を叩く 波たちが教えている
 
 海に呑みこまれる 夜の河口を 僕は直視する 
 水平線の彼方にある 記憶の都市を 探照灯が照らしてる
 今の時代を漂泊する 僕の道標だ
 
 河口の空き地に 放置された 
 ナンバーのない 廃車の中に 僕はいる
 
 かっては「祈るべき神」を持たない男だったが
 三千年の眠りから 突然目覚めた
 都会のミイラに似て 孤独だから
 
 黙って夜の海に 出港してゆく
 貨物船の灯りだけが 救いだ
 闇に軋む 航跡が 消えぬうちに
 僕の魂も 船出するだろう
 
 
    河口(2)
 
 黄昏の河口に吹く風よ 
 窪地に どうと横たわる
 亀甲船の眠りを 醒ましてごらん
 
 海鳴りは河口を 呑みこんで
 益々、大きくなっているから
 貴女の綾とりは 宿題に
 
 夜の海に 船出してゆく
 貨物船の 燈火が
 僕の視界から 消えてゆく
 
 ああ、二十世紀の 最期の
 戦の時に 都市を照らしていた
 あの、 探照灯の彩り
 
 今、僕の 脳裏に 貴女の記憶が
 鮮やかな 画像となって
 河口に 投影される