昔書いていた詩(4)   「夏の終わりに」 「避難小屋」 「眠り」

夏の終わり

 山の主の出かけてしまった月
 葉っぱの中をうろついていた夏が
 ナナカマドの茂みに 
 もう一つの季節の足跡を見つける

 丸く擦れて 重なって寝ている
 石ころの道を
 夏中 光の 孫たちは 
 飛び跳ねていた

 熊笹をかき分けて
 山男が沈んでいった道を 
 幾日も歩いた
 振り返ればもう 
 山は真赤だ
 
   避難小屋

 夕暮れ時に男が 
 アコウディオンのような 
 風の吹く稜線を歩く

 真新しい登山靴を蹴り出す
 男の背中で 夕陽が沈み
 這い松の稜線から 思い出の谷間に
 記憶がゆっくりと落下する

 山肌が赤銅色に染まると
 男は 見る 立ち止まる

 夜が男の頭上に投網のような 
 闇を投げかける

 星は天空で 垂直に瞬く
 ツンドラ地帯のような 
 夜明けと 目覚め

 空は半透明のプラスチックの 
 板となって広がる
 その隙間から 雪が落ちてくる

 山頂の避難小屋から 
 山靴が遠ざかる
 棚には 空き瓶
 稜線を降ってゆく足音
 風だけが窓を 揺らしている

   眠り
 
 麓の林は もう 雪も溶けて
 笹の葉を 覗かせている
 小川のせせらぎが 暖かい
 春が こんなにも 
 近づいているのに
 凍った 白い 稜線で
 吠え続ける冬を 僕は見ました