昔書いていた詩(102) 「男」

 
 10円銅貨を切符販売機に入れてみたら
 切符が出ないで電車が走り出した
 駅長のいない駅で駅員に聞いたら
 「汽車は来ない貨車に乗れば」と言うのだ
 貨車に乗ったら枕木のない線路を走っている
 運転手も車掌もいない荷台で
 牛のように黙っていたら
 俺は背中に牛と焼印の付いている男になった
 貨車は西に走ってゆく
 夜から昼へ昼から夜へ後ろ向きに
 途中に駅はない
 知らないところに行くんだと思っていたら
 原野に出た
 何故 誰にも逢わないんだと思っていたら
 牛が片足を上げた
 その眼が仲間だと言っている
 俺は牛だったんだろうなと思って
 辺りを見回したら
 駅も貨車も原野も消失して
 俺は青草をはんでいる牛だった