昔書いていた詩(8) 「線路工夫」 「尾瀬にて」 「子守唄」 「記憶」


    線路工夫
 
 新品のレールは錆びている
 ここと ここと ここを とりかえろ
 はい いやそうですね
 ここと ここと ここを とりかえます

 古いレールは光っている
 ここと ここと ここを とりかえろ
 はい いやそうですね
 ここと ここと ここを とりかえます

 君は寝ている 枕木かね
 はいそうです す・す・す
 するとあのツルハシを 
 振り上げているのは工夫かね 
 はいそうです す・す・す


    尾瀬にて

 モミの森を抜けたら
 ドロドロの道が 
 一層深くなったら
 そこから苔の群生がつづき
 辿り着いたら峠がある

 湿原の向こうには 
 貴婦人の白樺と至仏山
 山小屋につづく 
 板の道の両側に 
 水芭蕉とひつじ草
 尾瀬では神のささやきが聞こえます

    子守唄

 乳母車が坂道を 
 独りでに走り出すと
 夜はやってきます

 ガラギリ ガラギリ ギッシギシ
 車輪の軋みが遠くに響いても
 やっぱり夜は静かですね

 夜に引かれて乳母車
 子守の姉は何処に行った
 向こうの街角で立ち話

 ガラギリ ガラギリ ギッシギシ
 子守唄は届かない
 止めて下さい乳母車
 ガラギリ ガラギリ ギッシギシ

    記憶

 蛙が泣く 
 白樺に囲まれた窪地に
 動かぬ池がある

 赤腹のイモリが
 池底で反転する
 池の沈黙は続く

 日焼け顔の山男が
 笑いながら降りてくる
 『蛙が 鳴いていますね』
 女が聞く男が答える

 イモリは池底にいる
 遠くを見ている
 曲がった空
 蛙がピョンと跳ねる

 遠い昔 青空にのけ反るような木々の間で 
 アルミナの銀紛の雲を見た

 その時 落下したのは
 私の記憶であったかもしれない